田んぼの畦に立ちました。田んぼには稲穂が実っていました。秋です。遠くから、「オーシ、ツクツクオーシ」というセミの声が聞こえていました。子どものころは、このセミの鳴き声を耳にすると、夏休みが終わるさびしさに覆われたものでした。
稲穂が実る田んぼの風景は、これぞ日本です。日本のことを、そのむかし、瑞穂の国といいました。瑞穂の国には、米がよく実る、めでたいという意味が込められています。
田んぼの上には2匹のつながったトンボが飛んでいて、電柱を支えているワイヤーに止まりました。のどかでした。むかし、トンボのことを秋津といいました。で、日本のことを、秋津島ともいいました。なんでも日本神話によれば、神武天皇が国土を上から見てみると、国の形が2匹のトンボがつながっている形に見えたので、そのように言ったというのです。そういわれて本州の形を改めて思い描いてみると、東北地方が頭で関東地方が尾、中国地方が頭で関東地方が尾、そして、2匹は関東地方でつながっています。なるほど、です。しかし、それはいいのですが、人工衛星のない時代、どうしてそのように本州全体を見ることができたのでしょう。ま、それはそれとして...。
今から数十年前の中国でのことです。秋、このように豊かに実った稲穂を前にした人々は考えました。やがて、スズメが飛んで来て稲穂を食べます。それで、スズメを退治することにしました。スズメは夜、竹藪に集まって寝ます。そこで、その竹藪に網を仕掛け、それこそ一網打尽にスズメを退治したのでした。ところが、次の年は凶作になったというのです。調べてみるとわかったことがありました。スズメは稲穂の米をついばみます。でも、稲が成長する過程においては、稲に付く虫や田んぼの雑草の種をたくさん食べていたのでした。田んぼに豊かに実った稲穂は、スズメのお手伝いがあったからなのです。豊かさは、思いもかけないものによって裏打ちをされている、だから豊かであるのかもしれません。
わたしたちも、思いもかけないできごとによって裏打ちをされているので今がある...ということがあるのではないでしょうか。
わたしは、子どものころ、竹職人さんのする仕事をよく見ていました。職人さんは、長い竹を器用にパカパカと、リズミカルに細く割っていきます。そして、細く割った竹の皮をシュッシュッと、きれいにはがしていくのです。さらには、その竹で輪を編みあげます。木の板をまるく囲い、そのまわりにその輪をはめると、水漏れのしない桶のできあがりです。見事でした。その輪を「たが」というのだと教えてもらいました。
わたしはやがて教員となり、運動会をすることになりました。そのとき、運動会の目玉、大玉ころがしの大玉を自分で作りたくなりました。そして、竹を切り、竹を割り、竹を編みあげ、紙と布を貼って、その大玉ができたのです。そのとき、子どものとき見た竹職人さんの技を思い出し、生かしたのはいうまでもありません。
今、子どもが見ていること、していることが、自分の人生を豊かにしていくことにつながります。豊かな心とは、それを可能にする心だと思います。たくさんのことが、心を支えていきます。この夏休みに、その仕込みがありました。それが未来に続きます。夏休みの成果は、宿題だけではありませんでした。